国立競技場建設プロジェクト

最適な構造は、想像力と
コミュニケーションの中から生まれる

#03設計(構造)

村瀬 正樹

MASAKI MURASE

工学系研究科 建築学専攻 修了/2005年入社

出身は愛知県。中学、高校時代は野球部に所属し、クリーンナップを任されるパワーヒッターだった。現在も休みの日は草野球に参加している。また子育てや掃除、料理など、家事全般をそつなくこなす2児の父である。

※内容は取材当時のものです

村瀬 正樹の画像

村瀬 正樹

MASAKI MURASE

工学系研究科 建築学専攻 修了/2005年入社

出身は愛知県。中学、高校時代は野球部に所属し、クリーンナップを任されるパワーヒッターだった。現在も休みの日は草野球に参加している。また子育てや掃除、料理など、家事全般をそつなくこなす2児の父である。

※内容は取材当時のものです

PHASE01

3つの分野が密に連携

建築設計の仕事は、主に3つに分類される。スタジアムをデザイン的な観点から設計する建築設計。柱や屋根といったスタジアムの骨格を設計する構造設計。空調や照明など内部の設備を設計する設備設計。3つの設計が組み合わさることで、スタジアムの全体像が構築される。村瀬は構造設計として、スタジアムのスタンドの設計を担当した。

「建物の骨格は工程やコストに直結するだけでなく、構造体が外部にそのまま表れるスタジアム建築では、デザイン面にも大きく影響します。構造設計者としていかに綺麗に魅せるか腕の見せ所ですが、そのためには施工はもちろんのこと、建築設計や設備設計との調整が一般的な建物以上に重要となります。事前に想像力を働かせ、他分野と上手く連携していく。私に求められた大きな役割の一つでした」

構造設計は計算により部材の大きさを決めることが主な仕事だと考えられがちであるが、実はそうではない。特にスタジアム建築では、観客席や屋根を支える構造部材が目に見える状態となる場合が多く、空間の印象を決定付ける大きな要因となる。計算より先にどういった空間であるべきかをイメージし、その空間を実現する架構を追求する。それこそが構造設計の仕事なのだ。

「例えば柱を設けることで合理的な架構が構築できるとしても、その柱によりスタジアムのピッチやトラックが見づらくなってしまうのであれば良い建築にはなりません。観客の見やすさや使いやすさを考慮しつつ、高い安全性を有したスタジアムを設計するためには、各分野同士がしっかりとコミュニケーションを取り、完成形のイメージを共有したうえで、最適解を見つけなければなりません。それぞれの意見をまとめ、いかに発注者の求めるスタジアムに近づけるか。それが私に課せられたミッションです」

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PHASE02

まずは人と向き合う

一般的な建物は、設計を終えた段階で施工に引き継ぎ、工事に着手するケースが多い。ところが本プロジェクトは、設計期間が約1年で、着工から引き渡しまでが約3年というこの規模の建物としては類を見ないスケジュール。そのため、公募型プロポーザル方式で、設計、施工でそれぞれ契約が分かれていたものの、設計と施工を完全に切り離して進捗させるのではなく、設計段階からつくりやすさなど施工の意見を積極的に取り入れ設計図面に反映させていくことで、工期遵守を図る必要があった。

「本プロジェクトはオリンピック・パラリンピックのメインスタジアムということもあり提案した工期の遵守が必須条件でした。そのため、設計段階から施工担当者との打ち合わせを繰り返し、できる限りスムーズに工事を進められるように準備を進めていました。施工後も細かな設計変更などは発生しますので、常に建築設計、設備設計、施工担当者とのコミュニケーションを意識していました」

しかしながら、数多くの関係者が携わる工事現場の調整は、想像以上に困難であった。

「例えば詳細に検討を詰めていった結果、設計を変更しなくてはならない場面が発生しても、これほどの規模となると、簡単に変更できるわけではありません。他の設計分野や施工、更に実際に現場で働く職人さんなど、大勢の仕事の進捗に影響が出ますし、行政機関の許可を取る必要もあります。携わる人数が多い分だけ、情報をいかに正確に、スピード感を持って共有できるかがカギとなります。それを限られた時間のなかで調整するのは非常に大変でした」

設計変更を行うためのルールや、その周知方法を定め、工期に影響が出ないよう全体をコントロールする。設計とはいえ、向き合うのはまずは、「人」だった。

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PHASE03

構造設計者としての責務

「構造設計と聞くと、どこかデスクワークのようなイメージをされがちなのですが、それだけではありません。案件により異なりますが、より良いアウトプットを生み出していくためには、建築設計や設備設計、実際に工事を進めていく工事担当者と密に連携しながら、構造設計を行うことが重要だと考えています」

村瀬の汗と努力の結晶は、提案工期の遵守に大きく貢献していた。本プロジェクトにおける徹底したPCa化(※1)の実現も、そうした設計・施工の密な連携があったからこそ成し得たものだ。

「プロジェクトの川上から川下まで、責任ある立場で経験できたことは、仕事のスキルとしてはもちろんのこと、人間的にも大きく成長するきっかけとなりました。特に構造設計者に対して常に問われる『最適な構造システムとは何か』という命題を、構造的な視点だけでなく、意匠的、設備的、施工的な視点、加えてお客様や地域住民、国民の皆様の視点を持って考えることができたことは、物事を多様な目線から見つめる必要性が増している今日において、構造設計としての務めを果たしていくためのかけがえのない財産になっています」

国立競技場という大きな責務を無事に果たした今、村瀬の後ろ姿には何物にも代えがたい確固たる自信と、次なる使命に燃える闘志がみなぎっていた。

※1 プレキャストコンクリート(precast concrete)の略称で、コンクリート部材をあらかじめ工場で製造し、工事現場へ運搬し、据え付け・接合をすることにより、工程促進などが図れる工法のこと